2009年7月
2009年7月31日 (金曜日)
2009年7月30日 (木曜日)
休息
体調は100%ではないけど、70%ぐらいまでは戻りつつあるようです。めまいもほとんど無くなりました。
昨夜は当院の
ビアパーティでしたが、大事を取って欠席。家内に代わりに参加してもらい、私は送迎係りに。二次会場所へも、スタッフ皆を乗せて送り届けました。
「センセイ~悪いねぇ~!また今度があっるからぁねぇ~!
」と、スタッフたちはご機嫌
に二次会の暖簾をくぐり、店内に消えて行きました。
(ああ~いいなぁ~)![]()
そんなわけで、今日もデータ分析をしたり、治療計画を立てたり、また絵を描いたりして、おとなしくしていました。
でも夕方はちょっとお散歩をしてリハビリを開始。仕方ないね”休養も練習のうち”、でしたね。![]()
2009年7月29日 (水曜日)
トラウマ
心因性外傷を意味する”トラウマ”を、歯科治療で受けることも多いようです。
小学生高学年になる男の子キヨ君が、一人で入室し、お口の検診を終えると、ハンカチで目を被い、溢れる涙を拭いていました。治療はまだ何もしていないのに・・・。
幸いむし歯は1本で、その他の永久歯には充填物もなく、一見歯科治療経験も無く順調に健康な歯を育まれてきたと思いました。
が、その涙が気になって、待合室のお母さんにそっと尋ねてみたら、2~3歳の時にレストレーナー(ネット)での抑制治療を受けたことがあったそうです。
レストレーナーでの歯科治療が悪いわけではありません。時に抑制治療も必要でしょう。
問題はお子さんを2~3歳で痛みの出るような大きなむし歯になるまで無関心に放置していたこと、またそのようなむし歯ができる生活環境、食環境に問題があるのです。
幸い、そのことが保護者には教訓となったようで、永久歯となったキヨ君には生かされているようです。よかったねぇー!
でも、その時の歯科治療がトラウマとなり、治療の必要性も十分理解しながらも、怖くて全身につい力が入り、反射的に泣いてしまうのです。
トラウマは、理性的な納得だけで解決できる単純な心の傷ではないようです。
2009年7月28日 (火曜日)
ちょっとペースダウンします
昨日からめまいで体調不良。
夕方の患者さんには大変ご迷惑をおかけしました。
申し訳ありませんでした。
MRIでは異常なし。
今朝は少しいいみたいです。
なんとか仕事はできるかな。![]()
家族、スタッフからは、遊びすぎとの批判が出ています。
今回は謙虚に黙って聞き入れ、ペースダウンいたします。
2009年7月26日 (日曜日)
結構盛り上がりました!VS アルビレックス新潟
一度、ナマでサッカーJ1の試合を観てみたいし、新潟に行くたびに気になるバイパスの左に見える白いビッグスワンスタジアム。(高速から見ると右側ですね)
そんな訳でモンテディオ山形のJ1昇格の時から、アウェーのアルビレックス新潟戦を観に行きたい!と思っていました。
駐車場は、駐車券が取れなかったのでスタジアム近くの農家の敷地をお借りしました。1000円でした。余裕をもって試合開始約2時間前、午後4時開門と同時にスタジアム入りしました。帰りのことを考えると、正規の臨時駐車場よりもこれが正解だったかもしれません。
ぎりぎりまで悩んで2日前に購入した席は2層の1列目で、どういうわけか1列目の10名はみんな山形モンテ・ファンで、後ろを振り返れば2列目から上はすべて新潟アルビです。隣はアベックで、その隣は数人のグループで、試合前からビールで盛り上がっています。
アウェーサポーター席に座れば、みんな”山形”とわかりますが、それ以外の席に座るとブルーのモンテディオのユニフォームやタオルをもっていないと区別がつきません。でも試合が始まれば明らかですけどね。
できればサポーター席に座りたいのですが、どうもあれだけ皆と揃えて試合中に飛び跳ねたり、大きな声は出せないので、J1サッカー観戦の初心者としては、この席が丁度良かったと思います。
試合が始まる結構前から、エキシビションとして女子サッカーやチアガールのショーがあったりで、持て余すかと思われた時間ですが、いつの間にか試合開始となりました。
兎に角、試合開始前から終始スタジアム内での音声や太鼓は迫力があります。また、選手が出場してきたり、紹介される度に送るエールもあり、会場に足を運ばないとわからない儀式やしきたり(?)みたいなこともありました。
モンテ・サポーターの応援が聴けるかな?「video00100_2009.7.26.2」をダウンロード
試合の結果は1対1の引き分けでしたが、前半を0対0で終われたことが大きかったでしょう。内容的には0-3ぐらいで負けていましたからね、ラッキーです。後半の終盤から山形のペースとなりましたが、でももうダメかと思い始めた43分に同点ゴールをあげたときは、思わず大きな声をあげて、立ち上がって両手でガッツポーズをしていました。しかし、会場の90%の観衆は新潟アルビ。周囲を見渡せば”し~ん”でした。(すみませんね~
)
その後もチャンスがあり、山形モンテは大変盛り上がりましたが、残念ながら勝ち越しはなりませんでした。でもアウェーでの勝ったような引き分け勝ち点1に満足して帰ってきました。
2009年7月25日 (土曜日)
似てないけど
一足先に治療を終えたヒマワリちゃんは、お母さんのお口のクリーニングが終わるまで、傍で画用紙いっぱいに絵を画いています。
丁度私も15分ほど時間が出来たので、少し離れてヒマワリちゃんをスケッチさせてもらいました。
時間内でまとめることは、プロでもないので難しいけど、確か美大に進学した友人も時間内で何十枚ものデッサンを画くような課題をしていたことを憶えています。あの時、我が家の愛犬”しろ”いや初代の”ロナー”だったかなぁ?がモチーフになりました。
そんな学生時代の夏休みを懐古しながら、画いてしまいました。(今の自分も好きじゃないけど、あの時の自分はもっと好きじゃない、イヤな奴だったなぁ~・・・)なんて思いながら。
「ええ~!!ほんとに!・・・イマ!・・・センセイが!・・・画いたのぉ!?」とお母さんも大変喜んでくれて、私も嬉しい土曜日でした。
似てなくてすみませんが、お褒め頂き、あんがとね!![]()
2009年7月24日 (金曜日)
祝!オールスター出場
朝の散歩道にある鶴岡四中校門の横には、ご覧のような垂れ幕が下げられていました。
ソフトバンクホークスの長谷川勇也選手の出身校だからです。小学校は大泉小学校なそうで、トライアスロンやマラソン仲間のオシイ君はスポ少のコーチとして彼の育成にあたったそうで、当時は投手をしていたそうです。
四中卒業後、酒田南へ進学し、外野手として甲子園にも出場。その後専修大へ進学し、バッティングに磨きがかかったようですね。
今晩は、途中出場で見事な強肩を披露してくれましたが、明日は是非、売りのバッティングで活躍して欲しいと願っています。
頑張れ!期待してるよ、長谷川勇也くん!
2009年7月23日 (木曜日)
鶴東高合唱部 第33回定期演奏会
去年は都合がつかず聴きにいけませんでしたが、今年は休診日に当たったので、家内を誘って足を運んでみました。
鶴東高合唱部は、県内を代表する全国レベルの実力であることは知っていましたが、こんなに素晴らしく、また素人を飽きさせない、サービス満点のコンサートを提供してくれるとは予想していませんでした。だから市の文化会館が満杯になるんですね~!当日料金300円では申し訳ない気持ちになりましたよ。
「花の哀歌」のソプラノ・トップ3の”アア~~”は素晴らしかった!(こんな表現しか出来なくてすみません)
ステージドリルも楽しませてもらいました。随分練習しましたね~。後ろや横へ斜めへ、流れるような動きで隊列を組みなおし、フラッグが回ったり飛んだりで、ダイナミックなショーでした。
歌にステップなどの動きが入ると、生き生きと弾むように唄う生徒さんも出てきて、オーソドックスな合唱とは違うものだ思いました。そして部員の皆さん笑顔で青春を楽しんでいるなぁ~と、若さをつくづく感じました。
蛍光棒を振り回しながら、我々もなんかリズムにのっちゃって、若いエネルギーを頂いたようです。ありがとうございました。暗い会場が蛍でいっぱいになったようで、きれいでした!!
最後にちょっと要望ですが、もし支障がなければ、歌詞もプログラムに載ると歌を理解しやすくなって、さらに感動的かな?と思いました。
兎に角、今晩はご苦労様でした。そして、ありがとう。
2009年7月22日 (水曜日)
”ダイヤモンドリング”
”皆既日食”で見られる現象を誰が名づけたのか、「ダイヤモンドリング」とは上手い表現ではありませんか!なるほど、と思います。ふと、家内に贈った婚約指輪を思い浮かべました。さて最近見たこと無いけど、持ってるんだろうな~![]()
![]()
こちらは部分日食ではありますが、診療をしていても、ヒマにしている父母が曇り空に時々透けて見える日食を教えに来てくれたりして、私を含めスタッフ皆も気もほろろ。
沖縄の海童さんにメールをしたら、やはり部分日食なようですが、辺りも暗くなり、こちらよりも日食の雰囲気を楽しめたようです。
2009年7月21日 (火曜日)
お手本
ハル君は、お母さんに抱っこされたままでユニットに降りてきてくれません。歯の器械に十分興味はあるけど、ちょっと怖いのです。なかなかの慎重派なようですね。
それでもお母さんと一緒に一通りのトレーニングを終えることができました。
そこへ丁度、大人並に治療のできるサラちゃんが来てくれて、一人で上手に治療するところを見せてもらいました。いわゆるお手本ですね。
”大丈夫、怖くないよ”、という言葉よりも、百聞は一見に如かず、説得力があるのです。
ハル君も安心したようにバイバイ(^_^)/~して帰って行きました。次回はどうでしょうね?期待したいけど、過大な期待せずにお待ちしてます。
2009年7月19日 (日曜日)
第24回サンセットビーチトライアスロンin温海
2年ぶりのトライアスロンです。
練習不足は承知していますが、記録や順位を二の次にして、完走を目標とすれば何とかなる(?)、な~んてやや甘い考えのもとのエントリーでした。昔の練習量でさえも、決して十分ではなかったのに、今はさらにその半分?三分の一?いや五分の一?以下ですからね~もう記録なんて・・・。
さらに、今日は暴風雨と言ってもいいようなお天気です。あまりの風雨の強さでバイク競技が中止になったほどです。こんなこと過去にありました?
スタートする直前、雨が止み、キリさんとナカガワさんと3ショット!応援に来てくれたタイチローさん、奥様、ありがとう。
今写真を見ても、後ろに見える波は大したことなさそうですが、この後スタートして湾内の外洋に近い第1ブイに差しかかると、水中バトルだけでなく、呼吸するたびに水を吸い込み、スイム自体が苦しい状態になりました。いくら体を捻じっても波が被ってくるのです。しばらくクロールではなく、ブレスで泳いだり、呼吸を楽にすることに苦労しました。兎に角、これまで経験したことのがないほど苦しいスイムでした。
ゴールして結果を見て驚きました!約60名がスイムで棄権していたのです。港湾内で開催される大会でありながら三分の一近い参加者がスイムで脱落したのですから、如何に波があったか!因みに今日重なった秋田象潟トライアスロン大会は、スイムもバイクも中止でランだけの大会になったそうです。あそこは港湾外の防波堤のない環境ですから、当然でしょう。
それでも何とか泳ぎきり、バイクが競技は無くなったので、すぐにランへ。初めからびしょ濡れのソックスとランシューズ。予想はしてましたがバイクがないと、やはり足が軽い!スイム&ランの大会は初めての経験です。それでもランの練習量も十分でないので、抑え気味に走り始めました。
結果的にランでは三分の二の人を抜いて、三分の一の人に抜かれたかな?まあ、まあでしょう。飯豊登山の影響がないと言えば嘘でしょうが、思ったよりも走れたと思います。
表彰式では我が鶴岡トライアスロンクラブからミッチーが全体で9位に入り、キリさんは年代別で2位に入り、表彰を受けました。ベスト10入りながらミッチーはそれでも”あんまり嬉しくないなぁ~・・・”とこぼしていました。それは彼の前に女性選手が二人も入っていたからです。確かに彼の多くの優勝経歴からすればそう感じるのでしょうが、みんな「年年歳歳 歳歳年年・・・」ですからね。でも練習量を聞いて驚きました。その練習レベルを維持していることは大したものですよ。また、多趣味のキリさんも、時間の制約がありながらそれなりに結果を出すのですから、才能だねぇ~。
さて私は全体で82位(144名中)と、60人も棄権した過酷な条件と現在の練習量を考えればまあまあと受け入れざるを得ない順位でした。一昨年のこの大会で逆転で勝てた鶴一中の同期生、ユタカ君でしたが、今回は完敗でした。参りました!やはり練習は嘘をつかない、努力は裏切らない、ということでしょう。
よ~し、来年はリベンジだぞぉ!!(返り討ちに遭うかな?
)
2009年7月17日 (金曜日)
2009年7月16日 (木曜日)
飯豊山 初登頂!
東北のアルプスとも言われる飯豊連峰の主峰、飯豊山(2,105m)に一泊二日でタイチローさんと登ってきました。
15日午前3時に鶴岡を出発し、大日杉小屋を午前6時半前に登り始めました。天候が心配され、始めから降雨の登山を覚悟していましたが、天気予報なんてわからないものです。もう麓から飯豊山は、その姿をみせてくれました。
登り始めて間もなくザンゲ坂です。いきなりの正に山場で、鎖が無かったらちょっとビビッちやう厳しい岩の急坂です。(どうか帰りは雨で滝になっていませんように・・・)この撮影地点は3分の2登り終えた地点から上を撮っています。
その後も地蔵岳(1,538m)までだらだらと登りの連続です。「御田」は、まるで田んぼのような沼地.で、傍には大きな杉の木が、枝をハの字に垂れて立っていました。きっと雪の重みに耐えるためなのでしょう。
地蔵岳から望む飯豊山です。「まさか、こんな風に見渡せるなんて、本当に信じられないね~!」なんて、今日の良い方に外れたお天気に感謝です。
途中、地蔵清水、目洗清水がありますが、残雪からの融雪水なようで、水分を持っていればわざわざ降りて飲みたくなるようなものではありません。
間もなくするとダケカンバの林の中、なだらかな山道が続きます。ここはほんとに美しく、穏か~!また展望台のような広場が右に拓け飯豊山を間近に望め、遠景も楽しめます。
地蔵岳から主尾根までは、結構アップダウンが繰り返しです。地蔵岳までの標高差900Mの登りで疲労した足には、暑さ(平地では34℃あったとか)と一泊用のリュックの荷もプラスして堪えます。
足元を見ればなんだか知らないけど綺麗な花が咲き乱れ、少し疲れを癒してくれるように感じます。
雪渓ルートではありませんが、御沢分れから時期によっては雪渓を渡ります。今回は3つの雪渓を横断して主尾根に至りました。一応軽アイゼンはあったほうがいいようです。ここまで来たら、切合小屋はもう目の前です。水分は完全に1リットル使いました。
今夜の宿、切合小屋です。飯豊連峰で唯一食事を出してもらえる山小屋で、午前11時40分ごろ到着。荷物を減らして12時丁度、目の前の本山山頂へ向かいました。すぐに雪渓を登りますが、雪渓の横も登れるのでアイゼンは無くても登れます。
雪渓から始まる川の産声を聞かせたいな、聞けるかな?「video002.3gp」をダウンロード
ここからも結構急な登りが続きますが、草履塚(1,908m)、姥権現までは大した岩場はありません。左を見れば飯豊連峰の最高峰、大日岳(2,128m)も目の前に見えます。いつかあそこに立ちたいものです。切合小屋から往復10時間はかかるようです。
その先に御秘所(おひそ)と名のついた岩稜があります。風も出てきたので、一瞬”おお~コワッ!”ジャンダルム”みたい・・・”と感じましたが、風は岩に体を押し付けてくれるし、距離は短いので注意すれば大丈夫です。
ひと登りすると飯豊山神社(2,102m)、本山山荘に着きます。神社は鳥居をくぐったコンクリートの強固な建物に隠されていますので、ドアを開けて入ります。
かなり風も強くなってきたし、そそくさと山頂へ向かいました。およそ15分で到着(かな?)。もはや後ろには黒い雨雲が強風と共に迫っています。”さむ~”と、縮こまる私にタイチローさんは余裕です。とうとう14時15分飯豊山山頂に立つことができました。しかも雨に濡れずに。ほんとに感謝、感謝です。
タイチローさんは、こんなに風が強いのに余裕でニコニコと鼻歌交じりで家族や友人、知人に写メールを送っています。ここはNTTドコモはOK!ですが、私のソフトバンクは全く通じません。両手を広げると翼のように飛んでいけそうな、また瞬間的には体が突き起され、立ち止まるような強い西風です。
16時過ぎに切合小屋に戻ると、宿帳に記帳して、3合のお米と宿代6千200円を払いました。お米3合を持って行かないと7千200円です。
夕食は午後5時と決められています。メニューも噂どおりカレーライスでしたが、汗を噴出した体には最高、美味し~い!ビールもあります!!消灯は早く、午後7時。夜通し強風荒れ狂う天候でした。この風切る音は、平地では聞けないような迫力があります。しかし、ビクともしない山小屋の強固さは、いつしか安心と眠りをもたらしてくれました。でも暗くて、長~い夜でした。
朝4時過ぎに目を醒まし外に出てみると、風も弱まり、雨も降っていません。平野に目をやれば朝陽を浴びて輝いて見えます。今日16日も上々のお天気なようですが、残念ながら山から御来光を見ることはできませんでした。朝食も5時と早かったため、予定よりも早く下山することにしました。早く家に帰って心配されることはないですからね。
下山途中、時折小雨降る天気で、振り返れば山頂付近はガスがかかり、恐らく今日は飯豊山の山容を見ることはできないでしょう。今朝早く同じ小屋から山頂に向かった東京の女性3人グループのことがちょっと気になります。
私は利き足の左がビッコ状態となり、きつい下山となりましたが、白川荘でお風呂に入り、美味しいラーメンと生ビールを飲んで、帰宅は予定よりも2時間早く、午後3時過ぎとなりました。タイチローさん、運転ありがとうございました。
車中、早くも次の計画が出てきましたよ~!それが、いっぱいあるんだなぁ~![]()
2009年7月15日 (水曜日)
沖縄の食べ物
でも、沖縄にもおいしいものはたくさんあります。
沖縄でなければ口にできないものもあります。
少しずつ紹介していきます。
んめもの1 「ぜんざい」
かき氷なのですが、内地のものとはちょっと違います。一般的には「ぜんざい」と言います。 金時豆と白玉の上にか
き氷がのります。
お気に入りの「ぜんざい」は車で7~8分ほどの宇堅ビーチ近
くにある「パーラー日の出」のやつです。「ミルクぜんざい」これ
こちらには、パーラーがたくさんあります。 手軽なスナック類を提供してくれる売店です。 高校の近くには必ずあります
。 高校生が小腹がすいたときに食べられるような気軽な売店
です。 高校の近くではうまくて・安くなければ売れません。
(バイトの高校生からおいしいパーラーの情報を入手してい
ます)
もうひとつ「日の出」のお気に入りの弁当も買いました。 半分味はGOODです。 材料を買って作るより安いかも----
タコライスについては、また後日詳しくお伝えます。
2009年7月14日 (火曜日)
2009年7月13日 (月曜日)
ノーブル・オブリージュ(noblesse oblige)
昨日の会長の挨拶の中に”ノーブル・オブリージュ”という言葉がでてきました。
聖書の「すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、更に多く要求される。」から由来すると言われ、「貴族の義務」あるいは「高貴な義務」のことで、一般的に財産、権力、社会的地位の保持には責任が伴うことを指すそうです。欧米ではボランティア活動などの社会的奉仕が常識となっていますが、そういうことでしょう。
貴族社会システムが残るイギリスには強く残り、戦争では貴族出身者が率先して志願し多くの戦死者を出しているそうです。
また日本との関係で、中国の義和団事件における日本軍の紳士的な振る舞いに、当時のイギリスは日本に敬意をもつようになり、後の日英同盟を結ぶきっかけとなったそうです。そのような経緯から日本の武士道と通じ、世界的にも注目されるようになったのかもしれません。
さて、今、日本には武士はいません。貴族というものも居ないに等しいでしょう。ですからノーブルオブリージュという考え方、武士道の考え方をあらためて勉強しなければならないのかもしれません。そして現代にモディファイドした生き方が、今の日本人、一人一人に求められているのです。
でも自分を含め今の日本人は、被害者意識だけが強くなっているようで、現実は難しい。あるいは余裕が無い、とでも言えるでしょうか。
今の自分にできるノーブル・オブリージュは、子どもたちと絵を画いたり、プレゼントしたり、そして割りの合わない低い歯科保険点数でもベストを尽くしたりすること・・・・・かな?![]()
2009年7月12日 (日曜日)
久しぶりの東京 OZ 7月例会
久しぶりに東京に足を運んでみると、やはり東京は遠いな~という感じがしました。
今月の内容は業者からはデンツプライ三金の「システマティックエンド」の実演、会員からは東京の中地先生が「私の最近のインプラント治療」について、外部講師として関東甲信越支部長の相浦先生が「私のインプラント臨床」と題して、インプラント治療の黎明期からのお話しでした。
冒頭の秦会長の挨拶は、やはり期待を裏切らない内容で、「武士道」についてでした。主に新渡戸稲造の”Bushido”の邦訳の内容のようでしたが、現代日本人の生き方などにも言及し、たった5分でありながら非常に意味深いお話しでした。
さて
1)「システマティックエンド」は、NiTiファイルを用いた根管拡大形成と根管充填システムで、保険点数と見合うようであれば、使ってみたいシステムです。
2)中地先生のインプラント臨床の特徴は、IVsedationでしょう。今でも大学の手術室に立つ歯科麻酔医なそうです。私もsedationをもう少し勉強してみたいと思っています。きっと患者さんも楽になることでしょう。
3)相浦先生からは現在主流のRoot form implantだけでなく、過去に数百と行ったというサブペリ(骨膜下)や、珍しいRamus farme,Stable Bone Plateども見せていただき、とても参考になりました。
また最近の歯科用CTscanerの隆盛に”CTに頼り過ぎない臨床力も合わせて養うべき・・・”、という警鐘も印象的でした。
車中、新田次郎の「剱岳」と池田弥三郎の「性の民族誌」を居眠り半分ですが読むことができて有意義でした。
2009年7月11日 (土曜日)
一変するんですね~
前回はお口を開けるどころか、ユニットにも上がってこれず、絵さえも一人では画けなかった3歳のヒヨちゃんです。今日は最初から別人のようにストレートにユニットに上がって、お口を開けてくれました。
一瞬、(えっ!ほんとにヒヨちゃん?)と思うほどの変りようです。そして上手に今日の治療トレーニングメニューも終えました。
付き添いが、お母さんでなく、お父さんだったことも一因かもしれません。お母さんには、ついつい甘えちゃうことがあるんですね。でもお父さんのお子さんに向ける優しい眼差しは印象的でした。
私のプレゼントした似顔絵も効果ありかな?
子どもはちょっとしたことで、頑張られるし、また逃げたりもする。一挙に3歩も5歩も前へジャンプすることもあるけど、また下がることもあります。個人差も大きいし、前への進み方もバリエーションに富んでいます。総じて3歩進んで2歩下がりながらも少しずつ成長していくのです。
長い目で見てみると、子どもの歯の治療は、焦らず気長に診る、また診てもらうのが良いように感じます。ほんとに治療に手を焼いたお子さんが、青年期になって笑顔で一人で来院されるのを見ると、そう思うのです。この時期(乳幼児から中学生)で、生涯の歯やお口の健康のすべて決まってしまう、と言っても過言ではありません。
そういう長い成長発育の期間を通して、無理なく接する付き合い方を子どもたちとしたいと思っています。
2009年7月10日 (金曜日)
2009年7月 9日 (木曜日)
2009年7月 8日 (水曜日)
アッパイしてねぇ~!
「ヤエさん!アッパイしま~す。」と、スタッフに言うと、計ったようにぴったりの長さの歯肉圧排糸(リトラクションコード)を準備してくれます。
※”ア”が、”オ”になるとセクハラと言われるかもしれませんね、要注意です。
「まるで測ったように正確だね~?」と言うと、「はい!測りましたから~
」なんて冗談な返事。長年の経験というのは凄いものだと思いますね。
歯医者で型を採る前に歯肉を押されたり、ひょっとしたらちょっと痛かったりしたことがありませんか?
冠(クラウン)や詰め物(インレー)などの形成または印象の前に、歯肉圧排 ”gum retraction, gum displacement” ということをします。充填する際にも行います。
これは正確な形成や印象を採るためには、欠くべからざる作業行程で、歯の周囲の被ってきた歯肉を排除したり、歯肉からの組織液の滲出を防ぐために行う行為です。時に電気メスを使うこともあります。
つまり歯肉に近接する部分の形成や印象はとても難しいのです。
ちょっと歯肉が痛かったりするかもしれません。また医療側も細かくて気を使う作業ですから、時間もかかるし、ちょっと面倒で敬遠されるかもしれません。でも行うだけの意義、価値があるものです。あまり痛いようなら麻酔することもできます。
圧排を行うことで補綴物の境界線(マージン)が明確となり、正確な印象が採れるのです。ですから当然、圧排しないで印象したものと比べ正確なものが製作できますから、結果何倍も長持ちする補綴物ができるはずなのです。
型を採る前に「センセイ!頑張って、アッパイしてね!?」て、言ってみるのもいいかもしれませんよ。
2009年7月 5日 (日曜日)
葉山山岳マラソン応援記
”菊地さんの応援に行こう!・・・”との誘いに、侮っていたわけでもないが、山形市へ向かう際にいつも横目で眺める、なだらかな山容と優しそうな”はやま”という名称に、いつかは登ってみたい、という気持ちでいたので、即刻OK!
午前4時に鶴岡を立ち、6時に畑(はた)を出発!山道はなだらかで、歩き始めた標高が高いため、すぐに素敵なブナ林に当たる。しかし前日の雨で地面は泥濘、木の根の上や石の上は泥が塗られ、とってもとっても滑るので気が抜けません。また、大僧森、小僧森などにはロープの張ってある結構な急坂もあり、足を踏み外せば断崖絶壁な狭い岩場もあります。
(本当にこんなところ走るの?!)ていう、正直な印象です。
8時過ぎに山頂に、8時20分には葉山神社、奥の院に達し、そこから引き返して、大ツボ石でランナーたちを応援するため待機することとしました。奥の院での情報では、昨年以上のハイペースのため、想定よりも早くトップが着そう、とのことでしたが、やはり大ツボ石に戻ると早々にトップがやって来ました。
トップはダントツです。見事な太腿で、平地で見るランナーとは違い横幅があり、がっちりしています。その後ポツポツと、その道のランナーたちが水の入ったリュックを背負い走ってやってきます。
”本当に走ってる~~!!” 登山靴でも怖いのに、よくジョギングシューズで走れるものです。
「走ってくるのは、人間ではないから・・・」と、傍のスタッフが呟きます。
(なるほど、そうだよな~。俺も走るけど、こんなところ走ろうなんて思わないもんなぁ~。)
漸く知っているランナーが来ました。鶴岡100キロマラソンでもお馴染みの地元の坂野さんです。 最近100キロの完走のない坂野さんですが、なかなか集中したいい走りです。
その後なかなか来なくて気をもんでいましたが、いよいよオラホの大将、菊地代表です。まずはタイチローさんが準備してきたノンアルコールビールで三人で記念撮影!
”これは詐欺だぁ~!・・・”とか、開口一番愚痴ってましたが、よくぞここまで着て、笑顔で乾杯してくれました!充実した練習ぶりが伺えます。流石ですね。
次に山形市の布施さんと佐藤さんです。
毎年100キロを完走するレベルのランナーでさえも、この位置で走って来るのです。
やはり山岳マラソンは、また別のカテゴリーであると認識しました。
しかし、この時すでに佐藤さんの前腕が折れていたとは・・・。引き返してきた時の白い包帯が痛々しかったです。お気の毒でした。
2009年7月 4日 (土曜日)
嘉手納アメリカフェスト2009
アメリカの独立記念日(独立223年)に合わせて毎年嘉手納基地で行われています。
以前は、3日間開催されていたようですが、近年は一般公開は一日だけです。
ある情報を元に、普段は入ることのできないゲートから車で基地内に入り滑走路の上の
臨時駐車場に車を止めてセキュリティーゲートを通って会場へ。
アメリカフェストはアメリカ人と日本人の友好の架け橋となるイベントですが、たくさん
の戦闘機や輸送機の展示と施設の公開、売店や飲食ブースの出店とコンサート・花
火が主なイベントです。
今年の目玉は、特別展示のF22ラプターでバージニア州 からの飛来です。仕事の都合で2時間ほどしか滞在できませんでしたが、いい体験でした。
戦没画学生の話
戦没画学生遺作「祈りの絵」展(今日から7月11日、鶴岡こぴあホール)開催のオープニングセレモニーと言えるでしょう。
無言館館長の窪島誠一郎氏の講演、「無言館のこと」が鶴岡中央高校であり、これを聞いてきました。
最後まで聞けると思いきや、”もっと話したいから・・・”という講師の希望で30分も延びることとなり、仕事の都合で退席せざるを得ず、残念ながら延長した最後の分を聞くことはできませんでした。
窪島氏の村山槐多(むらやま かいた)との出会い、野見山暁治(のみやま ぎょうじ)と無言館をつくる際のエピソードなどを紹介されていました。
戦争や貧困、病気で意志半ばで散って逝った才能豊かな画学生たち。しかし、”あと一日あれば山が描ける・・・あと一日あれば川が画ける・・・”と記しながら去っていったのです。画材も儘ならない戦中にあっても、画くことへの想像を絶する熱い話を聞かされると、今は本当に申し訳ないほど満たされています。
比較にもならない私ですが、何の心配もなく、無心に画けることの幸せに感謝しなければならないと思うのでした。
最後に主催者への苦言ですが、講演を聞いた中央高校体育館の音響は最悪でした。もっとしんみりと聞ける場所で聞いてみたいと思います。
2009年7月 3日 (金曜日)
匂いだけハシゴ
久しぶりに定刻通りに終業!(やったぁ~!)
とあれば、久しぶりにナイトランへ。![]()
ほぼ毎日、車にシューズとウェアーを積んでいるのですが、最近はお天気の関係もありますが、伝書鳩のように帰宅していました。
さて今日は本町通りから公園前へ、そして夜の繁華街を通り、駅前までジョグしてみました。
あちらこちらから、焼鳥などの美味しい匂いが漂ってきます。
またいくつか”今度は入ってみよう!”というお店も見つかりました。
今度行くぞぉ~!![]()
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2009年7月 2日 (木曜日)
ボケ防止?
両親とも80歳を過ぎて、なお車を運転しゴルフをしたり、また短歌を詠んだりして、日常生活も支障なく、私としても大変助かっています。
そんな訳で足腰は全く問題ないのですが、知り合いの車椅子生活を見てきてから、突然に車椅子搬入可能なようにトイレなどの改築を始めました。
その犠牲となったのは、私がいつも使っている男子小便用の便器で、車椅子が入れるように撤去されてしまいました。布団を敷いて泊まれるような空間となりましたが、お陰で小便はいつも標的を狙わねばならず、私は気が抜けずリラックスできません。
いつ車椅子が必要になるのか、また本当に車椅子が必要な状況になるのか分からないのに、トイレの改築を早々に、しかも安くもないのに勝手にやる親の考え、行動に少々困惑している今日この頃です。
嫁は無言のプレッシャーを感じているようです。
う~ん、上手に歳をとる、ということは難しいことのようですね。計画通りに老後を迎えることができるとも限りませんが、既に自分も老後をどのように生きるべきか、考えておかないといけないのです。そう思いながらも今を生きるだけで精いっぱいかなぁ~。
しかし、こうして![]()
緊張しながら小便をすることは、ボケ防止にもなるかしら?![]()
2009年7月 1日 (水曜日)
やってみました!フリークライミング
出張前に鶴岡市藤島体育館に寄ってフリークライミングを初めてやってみました。なかなか講習会の日程の都合が合わなくて、なんとか今日午後に教えてもらうことになりました。
丁度秋田からのクライマーも飛び入りで参加してくれて、お手本を傍で見ることも出来ました。
何でも基本があり、ロープの結び方、ハーネスの付け方、クライミングシューズ、クライマー(リーダー)とビレイダーとのコミニュケーションの方法などを最初に学びます。一通り説明が終わると
「さあ、おかべさん、登ってみましょう!」、と笑顔で優しいインストラクターのスズキさん。
8Mの覆いかぶさるような壁を目前にすると、(ええ~出来ないよ~・・・)と内心思えども、わざわざ開いてくれた講習会です。消極的なことは言えません。
「はい!」と威勢良く返事・・・をしたつもり ![]()
なんとかかんとか5M付近まで行けども、そこから進めません。苦し紛れに手を伸ばした瞬間、バランスを崩し「あっあ~!」と言って大転落・・・というところですが、ビレイヤーをしてくれたスズキさんが、ちゃんと引っ張って支えてくれ、気持ちよく地上に戻してくれました。3回登ってみましたが、5~6Mが限界です。なんと言っても、もう腕の筋肉がパンパンです。すっかり「テンション!(終わるときの挨拶)」にすがるようになってしまいました。気持ちよく楽なんですよ。もう少し体重を落さないと。
交代してビレイヤーをしてみましたが、実はこっちの役割のほうがずっと大切で緊張します。パートナーの命にかかわるからです。最後に筋骨隆々のスズキさんが8Mの壁を軽々とトップに登るところを見せてくれました。
やはり筋力かな、と思いきや、そうではなくバランスなのだそうです。”3点支持”が基本で、どこか一点に、例えば右手だけに力が入りすぎると、バランスを崩し落ちてしまうのだそうです。だからひ弱そうな日本女性でも上手に登ることができるのです。
天気の悪い日やシーズンオフを利用しながら、室内スポーツの一つとしてもう少し上手に登れるようになりたい!できればトップに到達したい、と思いました。













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